5.6
人間は性慾は別としても、どうしてこう朝から晩まで、人間に関心を払い続けるか呆れるばかりです。朝の新聞、隅から隅まで人間のことばかり、それからテレビ、次から次へと人間ばかり現れる。
たとえば、人間が人間に対する関心をたのしむ宴会というやつを覗いてみましょう。そこでは言葉が飛び交い、感情が交流し、みんな愉快で、みんな地球のはじまりからの旧友のような心地になり、すべてが融け合い、すべてが共有されているような気になっている。
彼等はみな、苦痛が決して伝播しないこと、しかも一人一人が同じ苦痛の『条件』を担っていることを知悉しているのです。人間の人間に対する関心は、いつもこのような形をとります。同じ存在の条件を担いながら、決して人類共有の苦痛とか、人類共有の胃袋とかいうものは存在しないという自信。『結局おれとおんなじじゃないか』と言いたいために、同時に、『よかれあしかれ、おれだけは違う』と言いたいために、人間は血眼になって人間を探すのです。存在の条件の同一性の確認と、同時に個体の感覚的実在の確認のために。
『美しい星』 三島由紀夫(1962)
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