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文章力という言葉の無邪気さ このエントリーのはてなブックマーク数

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「力」と付く言葉には、どうも曖昧な言葉が多い。
最近だと「女子力」という言葉がある。女子の力とは一体何だろう。

これに似た言葉で「文章力」という言葉がある。
いわゆる「文章力向上」を謳う本やネットエントリーは沢山あるが、「文章を短くする」とか「インプットがどうのアウトプットがどうの」とか、ひどく曖昧なものが大半である。そもそも「文章力」という言葉の意味自体が判然としないのだから、その力を向上させる方法に至ってはさらに曖昧なものになる。

どんな場においても、まず重要なことは伝えたいことを自らが理解することだろうと思う。
ブログを書いていて感じることだが、自分でも何を書きたいのかよく分からないときは妙に時間がかかる。そういうときは書くのを止めたほうがいい。相手にどういうことを伝えないといけないのか理解できていないと、作業の前提が成立しない。

そして「文章力を向上させたい」と漠然と感じている人は端から見込みがない。
文章の表現力(ここでも曖昧な言葉が!)にボトルネックを感じている人なら「表現の幅を広げたい」と感じるはずだろう。

「文章力を向上させたい」というのは「強くなりたい」と言っているようなものだ。
そんな曖昧な目標には、全方位的な、毒にも薬にもならない漠然とした答えしか出ないのは当たり前なのだろう。

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