例えばこの世から病気が駆逐されたら - 『ハーモニー』 伊藤計劃 著 - 靴ひも

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例えばこの世から病気が駆逐されたら - 『ハーモニー』 伊藤計劃 著 このエントリーのはてなブックマーク数

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ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)
(2010/12/08)
伊藤 計劃

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21世紀後半、「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する“ユートピア”。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死することを選択した―それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰にただひとり死んだはずの少女の影を見る―『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。

病気を完全に克服した社会。
誰もがそこに理想郷を見ると思うが、僕は伊藤計劃氏がそこに地獄を見ていたように思えてならない。彼は自身の病気を呪ったのだろうか。「もしも病気を社会的に駆逐することができる世の中が成立すれば」。しかしながら、考えれば考えるほど、その世の中は絶望的に狂っていたんだろう。だからこそ、彼が抱いていた絶望は計り知れないのではないか。

すべては自然という予測困難な要素の集合を、予測し統御する枠組みへと抑えこもうとする人間の意志の現れだ。そして人間は、核と疫病の時代を生き延びるために、最後に残された自然を制圧しようと試み、それにおおむね勝利した。(中略)あの犬にも意思があるとしたら、我々の魂が尊重され犬の魂が尊重されない理由はどこにあるのだろうか。 (p256)


 空気が支配する社会の恐ろしさと異常性。人々が自ら自身の意思を抑制し、縛り付け、目に見えない規範に従うことというのは、特に日本において明文化されていない文化が「慣習」や「空気」として多く見られる。公共的正しさとリソース意識。調和(ハーモニー)によって支配された世界。某都知事が目指した理想郷はこんな社会だったのだろうか。

人間の意識というのは極めて面倒なものだと思う。夜、暗い部屋の中で目を閉じる。辺りを静寂が包む中にあっても、僕達の頭の中には思考が行き来している。そんな時、どうしようもなく不安になったり、寝られなくなるような経験は誰しもにあると思う。思考はまるでモンスター。騒がしい会議室の中で様々な意見や利害が衝突し、収拾がつかないような感覚。

人間にとって存在してもよい自然と見なされる領域は、人類の歴史が長引けば長引くほど減ってゆく。ならば、魂を、人間の意識を、いじってはならない不可侵の領域と見なす根拠はどこにあるのだろう。人間は既に「自然な」病の大半を克服してしまっているというのに。「標準化された」人体という妄想を社会常識にまで高めてしまったというのに。 (p343)


読後、強い衝撃を受けた。平等で、平和で、愛に満ち溢れた社会に殺されるという感覚や、伊藤計劃氏でしか描ききれなかったであろう世界観と細部まで現実感を持ったディティール。氏の急逝が悔やまれてならない。しかし文字は永遠に残っていく。『ハーモニー』は『虐殺器官』とともに、白版・黒版として語り継がれていくのだろうと思う。それが僕にとっての唯一の希望だ。

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