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全世界共通の「リア充爆発しろ!」 - 『ソーシャル・ネットワーク』 デヴィッド・フィンチャー 監督 このエントリーのはてなブックマーク数

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映画『ソーシャル・ネットワーク』を観ました。

スクリーンショット(2011-01-29 20.17.00)

確かに下馬評通り、久しぶりに観るタイプの傑作だった。この映画ってマーク・ザッカーバーグとfacebookを中心にした物語なので、まず「facebookって何?」レベルの人が依然として多い日本でウケるのかなあ…と感じてたんですが、映画そのものの骨となる部分は昔から変わっていない「地位」と「名声」と「カネ」と「人間の欲望」と、そこから生まれた「悲劇」だった。だからこそ、この映画には人間の感性に訴える普遍性があるように感じた。

まず戸惑ったのは、物語の展開方法。過去と現在が行ったり来たりするカットの挿入で、見始めたときはかなり戸惑ってしまった。しかしながら、だからこそ物語にジェットコースターに乗っているようなスピード感が生まれ、それに加えてキャスト演じるインテリたちのマシンガントークによって最初から終わりまでかなり集中して観ることができた。「起承転結」で物語を作る作品は多いけど、この映画は「起転転結」って感じ。全く中盤でダレない。正直ビビった。

◆ facebookとかどうでもいい


この映画はザッカーバーグ側から描かれていないので、ザッカーバーグのコミュ不全っぷりが半端じゃない。彼女に振られた腹いせに女子学生の格付けサイトを立ち上げるし、広告クライアントとの打ち合わせでは舐めきった態度。結局、これはこの映画全編に言えることで、デヴィッド・フィンチャーがかなりの部分を「映画として」誇張しているし、ある部分は虚構だろうと思う。

監督としてはfacebookなんてどうでもいいんだろうと感じた。事実facebookがどんなサービスか、という説明を始め、facebookへの言及はほとんどない。彼には必ずしもfacebookを題材にする必要はなく、ザッカーバーグと彼を取り巻く人間模様という題材が必要だったんだろうと思う。facebookへの言及を排除することで、既存のfacebookユーザーの「そうそう、こういうところが凄いんだよ!」みたいな内輪受け作品にならなかったが良かった。

◆ 全てを手に入れた男の悲劇


冒頭でも書いた通り、この作品の根底には「地位」と「名声」と「カネ」と「人間の欲望」と、そこから生まれた「悲劇」がある。つまり、この作品は『ゴッドファーザー』と比較されているように、かなり古典的な性質を持っている。ラストシーンでジェシー・アイゼンバーグ演じるザッカーバーグがそうあったように、「全てを手に入れたはずなのに、なぜか満たされない、何か大切なものを失ってしまった」という描写、しかもそれをキャストに直接言及させるのではなく、映画的に台詞なしに観客に伝えるというシーンは感動してしまった。安っぽいサクセスストーリーに終止しなかったのは素晴らしい。凡人の監督なら「利用者100万人達成!(壮大なオーケストラ)」で終わってしまうだろうと思う。

ただアメリカ社会の階層構造とか各大学の寮を超えたクラブという存在みたいに、日本人には馴染みのない習慣が多いのは確か。でもザッカーバーグ本人は「リア充爆発しろ!」のもと行動するので、既視感を覚える人も多いのではないかと思う。リア充vs非リア充という構図というのも映画用に誇張されたものだろうけど。

上の画像にあるように、この映画のキャッチコピーは日本の「天才~」よりも海外の「YOU DON'T~」のほうが合っているように感じました。久しぶりの傑作。

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