今の自分には理解できない - 『国境の南、太陽の西』 村上春樹 著 - 靴ひも

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今の自分には理解できない - 『国境の南、太陽の西』 村上春樹 著 このエントリーのはてなブックマーク数

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国境の南、太陽の西 (講談社文庫)国境の南、太陽の西 (講談社文庫)
(1995/10/04)
村上 春樹

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今の僕という存在に何らかの意味を見いだそうとするなら、僕は力の及ぶかぎりその作業を続けていかなくてはならないだろう―たぶん。「ジャズを流す上品なバー」を経営する、絵に描いたように幸せな僕の前にかつて好きだった女性が現われて―。日常に潜む不安をみずみずしく描く話題作

タイトルの通り、今の自分には理解できない作品だった。

主人公はいつもの通り、団体行動が苦手な“春樹似”の男。日常に満ち足りているというわけでもなく、でもそこから殻を破ろうともしない。結果的に主人公は何も得られず、特に成長することなく小説は終わってしまう。一般的な、穴に落ちた主人公が穴から這い出すことでカタルシスを得る、という小説とは根本的に違う。現実だと思っていたものが、ある時から音を立てて現実感を喪失していく。いつもの春樹文学だ。洒落た音楽と、お酒が添えられている。

僕は『ノルウェイの森』に代表されるような恋愛をメイン題材にした村上作品をあまり読んだことがないが、とはいうものの、村上作品には大抵男と女のゴニョゴニョは描かれている。彼の場合、例えば『海辺のカフカ』のように、結果的に成就しない恋愛が多い印象を持っているけど、そういう中で有紀子という存在は異色のものだった。彼女の存在がハジメを人間たらしめていたし、小説に現実感を保つ源泉となっていた。

ストーリー設定や人物設定が、正直な話、自分とかけ離れすぎていることもあり、理解できないシーンが多い。というか村上作品は「理解しようとすると負け」みたいなところもあると感じている。年齢を重ねて読むと共感できる部分が多く、感情移入できる、とする意見をよく見るが、では感情移入できる作品が良い作品なんだろうか。自分はそうは思わない。

敢えてこの作品中で引っかかったものを挙げるなら、有紀子の父親の存在だった。彼の存在は紛れもなく春樹がこれまで描いてきた「システム」そのものだった。彼はいろいろな形でシステムに反抗してきたし、ハジメもまたシステムたる有紀子の父親に反抗した。この作品で一番印象に残ったのは、案外この父親だったかもしれない。

中年と呼ばれる年齢になり、「このままでいいのだろうか」という不安から、どうしようもない孤独に襲われる。しかしながら、人間はそう簡単には変われない。実際のところ、僕たちはごく限られた選択肢の中でしか生きられないのではないだろうかと考えてしまう。人間はどこまでいっても不完全なものだ。島本さんという幻影から抜け出したハジメが日常に戻る、その一歩手前で物語が終わってしまうラストには、そんなことを感じた。

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