2012年07月 - 靴ひも

靴ひも

Life, Music, Book, Gadget

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Remote アプリで Mac 上の iTunes を操作可能 このエントリーのはてなブックマーク数

Category : Apple | Tag : iPhone Tips iPhoneApp AppleTV | on

Remote 2.3(無料)
カテゴリ: エンターテインメント, ミュージック
販売元: Apple - iTunes K.K.(サイズ: 22 MB)


今更ではあるものの、iPhoneのRemoteアプリはAppleTVだけでなく、MacのiTunesを操作可能なことに気付いた。

Macをジュークボックス代わりに音楽を流しつつ作業をするのはいいものの、音量調整や楽曲選択がMacの前にいないとできないという欠点があった。で、試しにRemoteを弄ってみたところ、簡単に接続できた。

手順


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Remoteを立ち上げると、真っ先にAppleTVの操作画面になるが、左上の四角が重なったボタンを押すと接続先をAppleTVにするかMacにするかの選択画面になる。ここでMacを選択。


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あとはiTunesのコンテンツが表示されるので、選択した楽曲がMacから流れる。音量調整、AirPlay出力先も手元で変更可能。


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楽曲はもちろん、iTunes上に存在するものならムービーやテレビ番組も選択可能。
コンテンツを変更するのに、いちいち立ち上がる必要もないし、リビングの大画面で観たいときは出力先をAppleTVに変えるだけ。再生位置を記憶する設定にしておけば、すぐに続きから観ることができる。トイレに行くときはiPhoneに出力することも可能。

観たいものを観たいときに観たいように


Remoteを使用することで一番気に入ったのは、リモコン(iPhone)をMacに向ける必要がないということだ。同じWi-Fi下にあれば、どこに居ようが、どこに向けようが変更・調整できる。

従来のテレビでは「リモコンをテレビに向けないとチャンネルを変えられない」ことを当たり前のように思っていたが、あれはすでに前近代的な発想なのではないかと感じる。ボタンを押してもプレーヤーは反応しないし、リモコンの角度を変えたり、電池を変えたりと、イライラした経験は誰もがあるのではないかと思う。

観たいものを観たいときに観たいように観る。
未来のテレビのあるべき姿は判らないが、この形に近いものになるのではないかと感じた。
操作性や連携を見ていると、やはりAppleは一歩先を進んでいると感じる。

(余談だが、このAppleTVとiPhoneの関係は任天堂が今年末に発売を予定しているWii Uの本体とコントローラーの関係に似ているのも面白い)


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本棚という小宇宙 このエントリーのはてなブックマーク数

Category : Diary | on

一時期(本当に一時期)某有名読書管理サービスを使っていたが、いつの頃からか疎遠になっていた。

率直に云うと、他人から本棚(脳内と云ってもよい)を覗かれているような感覚に襲われて、嫌になったのだろう。少し大袈裟だけど、自分にとって本棚は言わばネタ帳のようなもので、あまり世間に披露したいとは思わない。このサービスは面白いもので、この本を読んでいる人はこんな本も読んでいますとか、あなたと似た趣味を持った人がこれだけいますとか教えてくれる。全く余計なお世話である。

ただ、他人の本棚に興味がないわけではない。
自分のものは見せたくないが、他人のものは見たい。それが人間というものだろう。

自分はあくまでも資料として本を扱うことが多いように感じる。
必要に応じて本を選ぶので、作家買いやジャンル買いすることが少ない。だから、本好きというわけでもないのだと思う。自分が興味のあることが判ればいいのであって、本が欲しいわけではないのかもしれない。

何を読むかと同時に、どう管理するかで、その人の性格や価値観は端的に出るのではないかと感じる。もう少し心の広い人間になった暁には、もう一度あの読書管理サービスを使ってみようと思う。


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金融取引と就活 このエントリーのはてなブックマーク数

Category : Diary | on

金融取引とは、「現在のお金」と「将来時点でお金を提供するという約束」を交換する取引のことだ。お金を融通することは、贈与することとは異なり、将来時点での「見返り」を期待して行われる。この「将来時点で見返りを提供するという約束」がある期待値以上でないと、金融取引は成立しない。

資金提供側(黒字主体)から見れば見返りが大きそうな取引でも、それが守られないのであれば取引は成立しないだろう。全く能力のない人間に融通してしまえば、ときには一切見返りを得られないかもしれない。また、見返りが得られるのは「将来」なのであり、その頃には資金調達者(赤字主体)は成果をもって、どこかに姿を消してしまうかもしれない。

つまり、金融取引を円滑に成立させる必要条件は、「将来しかるべき見返りが得られることが確かであることが見込めること」となる。

こうした取引は就活とも似ている。
下っ端の人事は、採用希望者の明るさ、明快な返答など、日頃のコミュニケーション能力を確認する程度だろうが、役員面接となると、採用希望者から自分たちの会社に、将来時点で見返りが得られるかどうかというのが一つの基準になるように感じる。自分ならそう見るだろう。

しかし、その「約束」が確かなものかどうかは、最初からそう簡単に判るものではない。
先に述べたように、取引に一定以上のリスクがあるかぎり、黒字主体は赤字主体にそう簡単にお金を融通しようとはしない。逆に、赤字主体は黒字主体に見返りを提供する意思と能力があることを明確に示さないと融通を受けられない。

金融機関は事前の審査や事後の監視を行うが、当然コストはかかる。
どちらが上で下でという話ではないが、採用する側も想像以上に骨の折れる作業なのだろう。

「話せば分かる」という大嘘との付き合い方 このエントリーのはてなブックマーク数

Category : Diary | on

ここ数日、自分は物事を割りきって考えられない人間だということを痛感する。
何も犠牲にしないで、大きな収穫が得られたり、四方八方が丸く納まったりする事がそう有る筈が無い。どこかで「話せば分かる」という気持ちがあるのではないかと感じる。

その点、古代ローマやその他多民族国家は、多種多様な人間がいることを前提として成り立ち、その間では「話しても分からない」ことが歴史的事実として存在するからこそ、さっさと法律で決めるのかもしれない。

社会的モラルには文化的側面が大きく影響する。
例えば、私たち日本人は生活ゴミを道端に捨ててはいけないことを理解している。しかし、そうした文化圏には属さない外国人が、そんな営みを無条件に受け入れるとは限らない。仮に日本で明日から生活ゴミは道端に捨てても良いことになったとしても、私たちは抵抗感を抱くだろう。

異文化から生じる齟齬は、何も異国間でのみ起こることではない。
親の世代と子の世代では明らかな齟齬が生じる。ジェネレーションギャップとかいうやつか。
同世代であっても、考え方や性別、性格が違えば分かり得ないこともあるだろう。

かと言って、上から目線に「だから(分かってないお前に)俺が分からせてやる / 変えてやる」というスタンスで接すると、これがまた新たな問題を起こすことがある。
だから、ある一線を超えると、どうしても「話しても分からない」のだ。
どうせ理解されないのなら、自分の好きにやって理解されないほうがコチラが楽だろう。

同じ日本人でも色々な人間がいるものだ。
「話せば分かる」なんて幻想はさっさと捨てるときに来ているのかもしれない。

やっぱり折木供恵は最強だった このエントリーのはてなブックマーク数

Category : Anime | on

能力を持っているということだけで、その能力を発揮できるわけではない。
その能力をキチンと発揮するには、その大きさを理解し、それを発揮できる環境が必要になる。

ホータローには古典部部員よりも相対的に見て優れた推理能力があるのだろうが、それは能力を活かせる環境が得られてこそ発揮できるものなのだ。モノグサが服を着て歩いているような人間だ。特に彼の場合、環境は重要になる。

だからこそ、ホータローが「愚者のエンドロール」で犯したミスには、古典部部員が揃っていなかった点(環境が整っていなかった)が大きく影響していたと感じる。

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「氷菓」では影のフィクサーとして常に折木供恵が登場するが、今回も例外ではなかったところが面白い。姉はたとえ地球の裏側にいようが、弟を見抜いていた。そもそも、古典部の物語は供恵の指示でホータローが古典部に入部するところから全てが始まった。

そして今回もやはり供恵の指示でプールに向かい、ホータローは自分を取り戻す。
偶然なのか必然なのか。それは分からない。第11.5話「持つべきものは」は、折木供恵最強伝説がまた更新された物語でもあったのだ。彼女は、エロかった。

自分に能力があるのか、ないのか。
だが、そんなものより、ホータローがもっと大事なものに気付いてくれたことを願うばかり。
持つべきものは友。


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入須冬実は本当に冷徹で非情な人間だったのか このエントリーのはてなブックマーク数

Category : Anime | on


はい。
納得がいかないので色々書きます。

本郷と入須のチャット


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冒頭には本郷と入須がチャット(アニメはメール)をしているシーンが入る。
内容は、本郷が書いた脚本と映画の内容が乖離してしまった。本郷は気の弱い人間なので、クラスメートにノーと言えず、もうどうしようもないというところだろう。仮に、ここで入須が折木供恵の言うように、本郷の脚本を駄作だと感じ、シナリオコンテストを開くことにしたにせよ、彼女にはそれを行うインセンティブがないのだ。

「入須さん、あまり学校行事には興味がないって言ってましたもんね。」

愚者のエンドロール / 千反田える


「私はそれでいいと思う。彼らは彼らのものを作りたいだけなのだから、好きにやればいい。その結果、見た者に嘲笑されることになったとしても、彼等自身もそんなことは気にしないでしょう。自己満足の世界よ。馬鹿馬鹿しいことだけど、それは許されていいことだと思う。」

愚者のエンドロール / 入須冬実



所詮、自己満足の世界。
彼女が本当に冷徹で非情な人間なら、まずこの時点で本郷の相談を無視するだろう。

ここで彼女は、自分の立場を「私は、あのプロジェクトを失敗させるわけにはいかない立場でした」と言う。これは彼女の本心だが、そもそも無視していいはずの問題で、入須には何のメリットもない。しかし、クラスメートのために出来る限りのことをする彼女の姿勢が伺える。

そして、この姿勢は続編『クドリャフカの順番』での彼女の姿勢とも一致する。
千反田から「限りなく積まれた例のあれ」の販売に強力して欲しいと頼まれた入須は、頼みをあっさり快諾する。勿論、古典部に恩義を感じているのかもしれないが、自分には本郷との一件を考えると、これが彼女の本当の姿だと感じる。

「はい。入須さんというより、二年F組さんにお願いなんですが」
私は大きく頷きました。ここが大事です。
「『限りなく積まれた例のあれ』を、売って下さい」
入須さんは、ぱちぱちと二度まばたきをすると、すぐに言いました。
(中略)「わかった。◯◯だ」
(中略)きのうはあっさり断られていたものですから、こう即断で引き受けて下さると、対処に迷ってしまいました。(一部ネタバレ防止)

クドリャフカの順番 / 千反田える・入須冬実


醜くも美しい世界で生きる僕たちの生存戦略 このエントリーのはてなブックマーク数

Category : Anime | on

無駄なものなど きっと何一つとしてないさ
突然 訪れる鈍い悲しみであっても

忘れないで君のことを僕は必要としていて
同じようにそれ以上に想ってる人もいる
あなどらないで僕らにはまだやれることがある
手遅れじゃない まだ間に合うさ
この世界は今日も美しい そうだ美しい

Oh Baby 通り雨が上がったら
鼻歌でも歌って歩こう
この醜くも美しい世界で

It's a Wounderful World / Mr.Children


勧められていた「輪るピングドラム」という作品を見終わった。
半信半疑で見始めたものの、あれよあれよと全話視聴。本当に素晴らしい大傑作だった。
この感銘と深い感動を忘れたくないので、少し書き残しておきます。

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私たちがこうして生きている状況は、人智を超えた存在から「運命」という形で一方通行に与えられるものではなく、「私」を含めた、世界中の人間が日々作り、バトンパスされているのだ。「私」は決して一人で生きている存在ではなく、ときには誰かに与え、ときには誰かから与えられて生きている。

あなたから私へ、そして私からあなたへ。「無償の愛」とまでは言わなくとも、「ささやかな優しさ」が回り回って、この醜くも美しい世界を形作っていく。「輪るピングドラム」に登場する世界は、そうした世界の在り方そのものなのだと感じました。

運命・氷の世界


僕は「運命」って言葉が嫌いだ。
生まれ、出会い、別れ。成功と失敗。人生の幸不幸。 それらが予め運命によって決められているのなら、僕たちは何のために生まれてくるんだろう。 裕福な家庭に生まれる人、美しい母親から生まれる人、飢餓や戦争の真っただ中に生まれる人。 それらが全て運命だとすれば、神様ってやつはとんでもなく理不尽で残酷だ。

#01 高倉晶馬


高倉晶馬が言うように、この世界はどこまでも不平等で理不尽な「氷の世界」だ。
キリスト教では「原罪」と呼ばれる概念が存在し、それは人間は「罪」を背負って生まれてくるのだという考え方だ。人間はこの世に生まれることで、有象無象の哀しみや苦悩とともに生きていかなければならない存在となる。高倉家の罪と罰、陽毬に振りかかる不治の病は、この世界の不平等と理不尽の象徴なのだと感じた。

生まれる場所や時代が違うだけで、人の生き方には大きな違いが生まれる。
一昔前は簡単に会社に就職できていたのに、今となっては大不況と就職難。自殺者数は毎年3万人超え。「それらが全て運命だとすれば、神様ってやつはとんでもなく理不尽で残酷だ。」


共同幻想の崩壊


世界はいくつもの箱だよ。
人は体を折り曲げて自分の箱に入るんだ。ずっと一生そのまま、やがて箱の中で忘れちゃうんだ。自分がどんな形をしていたのか、何が好きだったのか、誰を好きだったのか。だからさ、僕は箱から出るんだ。僕は選ばれし者。だからさ、僕はこれからこの世界を壊すんだ。

#23 渡瀬眞悧


彼のこうした思想は、非常に現代的なのではないかと感じた。
バブルの崩壊から続いた長い経済不況と時代の閉塞感。それまで価値があると信じられていた価値観に対する疑問視。眞悧は、そうした現代日本が壊れないように大事に守ってきた共同幻想という価値観を破壊し、新たな新世界を作ろうとしていた。「そんなものに本当に価値があると信じているのか?」「そんな『箱』に閉じ込められたままでは僕たちは一生自由にはなれない」と。

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時籠ゆりは著名な彫刻家を父親に持つ家庭に生まれ、夏芽真砂子やマリオはお金持ちの家庭に生まれる。一般的に見るなら、彼等は幸せなはずなのだ。
しかし、現実はそうではなかった。共同幻想の崩壊。いい大学を出て、いい会社に勤め、いい人生を歩む。今までお題目のように唱えられ、私たちの目の上のたんこぶとなっていたこうした価値観には本当に価値があるのだろうか。

だからこそ眞悧は「ほんとうの幸せ」を探そうと言いたかっただけなのではないかと感じる(勿論、だからといって彼等が行った行為を肯定する意はない)。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』はそんな「ほんとうの幸せ」を探すお話でもある。


「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあの蠍のように本当にみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうの幸は一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。

銀河鉄道の夜 / 宮沢賢治

こうした現代人が抱えた胸のつかえに対して、解答を示したのが「輪るピングドラム」ではないかと感じる。それも、「運命は残酷で抗えないものだ、だから神様に祈ろう」というようなスピリチュアルな方向には逃げず。

ゆっくりでいい、さあ行きましょう C'mon このエントリーのはてなブックマーク数

Category : CD・DVD・GAME | Tag : Bz | on

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