2010年10月 - 靴ひも

靴ひも

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『ワンピース』と日本人と敵討ちDNA このエントリーのはてなブックマーク数

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ONE PIECE 1 (ジャンプ・コミックス)ONE PIECE 1 (ジャンプ・コミックス)
(1997/12/24)
尾田 栄一郎

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普段マンガはほとんど読まない人間だけど、『ワンピース』だけは毎週欠かさず読んでいる。

作者の尾田栄一郎さんはメディアに顔を出さないことで有名ですが、彼が唯一(?)出演したラジオ(Podcast)があって、それがスタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫さんが制作されている『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』という番組。今までは『ワンピース』のファンでもなかったしスルーしてたんだけど、今更ながら聴いてみた。すると、なんとなく「なぜワンピースが日本人にウケるのか」が垣間見れた気がする。内容は基本的に鈴木さん、尾田さんそれぞれの好きな映画について。

鈴木さんは『ワンピース』の第一印象をこう表現している。

鈴「本当のこと言うと、『ワンピース』を読んだ最初の感想は“なんだコレ、ヤクザ映画だな”と思ったんですよ(笑」
尾「だったら是非今回の映画(ストロングワールド)を観てほしいですね(笑」
鈴「『ワンピース』って凄く日本的だよね、任侠ものだね、ハッキリ言うと」
尾「(新作映画は)討ち入りDNAに問いかけていて、雪の降る夜に討ち入りをするっていう(笑」
鈴「もうねえ、バカみたいなの、それが(笑」


『ストロングワールド』は数回観てるけど、この視点はそういえば完全に忘れていた。なるほど、確かにどう見ても『忠臣蔵』の世界だ。

今は少し変わってきているけど、前半の『ワンピース』の物語って大枠で見るとハッキリ言ってかなり単調で、それはバトルシーンで顕著に見られる。基本的な流れは、悪者一味に遭遇→悪者が悪逆非道、暴虐の限りを尽くす(読者が感情移入)→ルフィ激怒→戦闘開始→ルフィ一時離脱→麦わら海賊団ピンチ→ルフィ復活→勝利、みたいな流れになっている、気がする。ここに昔の回想シーンだとか、伏線だとかが綿密に絡み合って面白くなっていくんだけど、要はルフィが敵討ちをしてくれる流れに秘密があると思う。

日本人って昔から敵討ちが大好きで(年末には必ず忠臣蔵!)、時代劇でもおっかさんの敵だ、やれなんだで形は違えど、色々な敵討ちが展開されている。それってつまり鈴木さんの言う通り「任侠もの」で、僕もジャンプという雑誌の色がそういうものなんだろうと思ってたんだけど、ジャンプの「友情」「努力」「勝利」とはまた違った軸なのかなあ、と思ったり。

つまり、『ワンピース』が海外であまりウケないのは外国人にはこういう精神論めいたものが伝わらないし、理解出来ないのかなあ、と。でも日本人には小さい頃から「敵討ち」というか、大げさな意味ではないけど「任侠」精神が知らず知らずの内に刷り込まれていて、それとピッタリ合致する、のかもしれない。ワンピース論めいたものは他にもかなりあるので、僕はこの辺で。

『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』はiTunes storeで無料配信されているので、興味のある人は聴いていみて下さい。他にもGoogle社長、辻野晃一郎さんとの対談や「ポケモンvsジブリ」なんかは面白いですよ。

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村上春樹の魅力ってなんだろう このエントリーのはてなブックマーク数

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「“村上春樹”なんてものはスパゲッティをゆでる間の時間つぶしにでも片手で読むもんさ。」

先週の3連休辺りから集中的に村上春樹の本を読んだ。もちろん、特に深い意味はない。
なんとなくもう一度『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が読みたくなり、『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『海辺のカフカ』、他にもエッセイを数冊読んだ。率直に言うと、ハマっている。

世間ではノーベル文学賞を受賞するのでは、という声もあるくらいの作家だ。『1Q84』は文字通り、社会現象を起こした。しかしながら、彼の魅力は何か、と訊かれるとなかなか難しい。

彼の本の登場人物たちは大抵何かにうんざりしている。特に社会を恨んでいるわけでもなく、彼らは年齢を感じさせないし、血が通っていることさえ感じさせない。無機質に近い。どうも登場人物が魅力に欠ける。ストーリーは猥雑で乱暴、そしてセクシャルな話が多い。例えば『風の歌を聴け』は、ハッキリ言ってよく分からない。物語に起伏があるわけでもなく、文章に繋がりがあるのかさえよく分からない。ほどよく小難しいことが書いてある。読み終わると虚脱感、喪失感に襲われる。

◆ 現実感、状況と主人公との力関係



まず第一に、彼の文章には現実感がない。ない、というのは言い過ぎだけど、何かが欠けている。「現実が破綻している」と表現してもいい。だから文章全体が現実感を喪失したまま宙に漂っている。国も信条もあまり意味をなさない。もしかしたら日本で起こっていることかもしれないし(もちろんハッキリ日本が舞台のものもある)、または別の国なのかもしれない。

第二に、登場人物の無力さ。彼らは不条理に放り込まれるけど、特にそこから何かを学ぶわけでもないし、大きく成長するわけでもない。問題を解決するわけでもない。ただ時間が流れていく。だらしない小説だと思う。『風の歌を聴け』や『海辺のカフカ』なんかは、金持ち息子の不幸ごっこに読めないこともない。

まだ氏の著作を数冊しか読んでいない人間が書くのもどうかと思うけど、この二点は大きな特徴であり、魅力だと思う。そして、それはカフカ的な表現でもある。氏は『海辺のカフカ』中で夏目漱石の『坑夫』という作品の世界観をこう書いている。

 「でも主人公がそういった体験からなにか教訓を得たとか、そこで生き方が変わったとか、人生について深く考えたとか、社会のありかたに疑問をもったとか、そういうことはとくに書かれていない。彼が人間として成長したという手ごたえみたいなのもあまりありません。本を読み終わってなんだか不思議な気持ちがしました。この小説はいったいなにを言いたいんだろうって。でもなんていうか、そういう『なにを言いたいのか分からない』という部分が不思議に心に残るんだ。」 (P221)


これって凄くカフカ的で村上的だと感じた。主人公が状況に対して能動的に振る舞えない、もしくは、主人公が何かを行動したところで事態の解決にならない、という状況と主人公の力関係は全く同じだと言える気がする。そして、あのなんとも言えない読後感。

もちろん、僕はカフカの『城』を斜め読みした程度だけど、カフカも文字は文字として現実との対応を無視しているというか、それによって場面に思いがけない要素が投げ込まれたり、論理が果てしなく引き延ばされる。読者は『城』とは何か、この設定は何を意味しているのか、と考えてしまう。

◆ 何か、とは何か


第三に、メタレベルの有無がある。ナカタさんの口から出てきた“白いもの”は一体何なのか。ナカタさんと田中カフカにとって“血”とは何を意味するのか、“城”は何のことか。つまり、何か、とは何か、という問題。多くの人はこれに興味があり、村上信者はこの“何か”を研究し、悦に浸っている。でも僕にとっては、何か、とは何か、なんてどうでもいいことである。それは何かではあるが、何かではない。

結局、誰かが解釈して何らかの形に収まってしまう“何か”なんて、“それだけのもの”だ。その解釈が“何か”に見合わず、それゆえ次々と別の解釈が生まれ、解釈してもしつくせないために全体の展望が得られないものこそが“何か”ということで、それが何なのかを知る能力なんて誰にも与えられていない。だから僕にとって村上作品にはメタレベルなんて存在しない。ただ作品を楽しむ、それだけだ。

村上春樹だからといって肩に力を入れて読むと、確実に肩すかしを喰らう。彼は様々な社会問題に解答を用意しているわけでもないし、痛烈な批判をしたいわけでもない。僕はそういうことを深読みして「分かったつもりになっている」人があまり好きではないだけだ。登場する不思議な人間と不思議な物語、そして素敵な音楽たちに耳を傾けながら、力を入れずに村上春樹を楽しもう。


ランニングを始めた、という話 このエントリーのはてなブックマーク数

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ふと思い立って走り始めた。ランニングとかいうやつだ。

基本的にインドアな人間ではあるけど、体を動かして汗をかくことはあまり嫌いではない。走り始める事にいちいち悟りを開く必要はない。フォレスト・ガンプがアラバマの美しい自然の中でふと走り始めたように。

最初はゆっくりではあるが、とにかく30分走ってみた。時々近所の人に出会い、適度に挨拶をしておく。もしも僕がこの先何か新聞に載るような事件を起こしたとき、「会っても挨拶しない子でした」なんて言われたくないからだ。まあ、それは冗談。こういう田舎の人間付き合いは非常に面倒くさいが、極めて人間的な営みだと思う。

5分くらい走ると田園風景になる。そこで呼吸を整え、ストレッチをする。ストレッチをする前と後では明らかに体の稼動域が広がっていることが面白い。人間の体というのは本当によく出来ている。そこからはゆっくり、ひたすら走る。ランナーは小難しい顔をして走っているが、あれはたぶん見た目ほど何も考えていない。日常生活で無心になるというのは人間にとって難しいことだ。次から次へと頭の中には情報が行ったり来たりする。ミスターポポが少年悟空に「頭の中を真っ白にすることが無心になるということではない」と言ったように。でも走っている間は本当に何も考えない。そこにあるのはたぶん、靴音と呼吸音と心臓の鼓動の音くらい。これが僕にとってはスゴく良い。

20分くらいでちょうど琵琶湖まで行ける。琵琶湖から吹く風が気持ち良い。草の匂いを意識する事なんて僕の日常生活であり得なかった。肌寒くなったとはいえ、まだまだ日中は暑い。走っていると汗が噴き出す。しかし、そこには言いようのない気持ち良さがある。あんなに家を愛していた男がこんなことを書く日が来ようとは。そのまま来た道を帰り、シャワーで汗を流す。全体で1時間も掛からない。

僕は基本的に休みの日の朝に走っている。走った事で頭は冴えているので、それ以降の作業にも集中力が生まれる、ような気がする。太陽を体いっぱいに浴びる事で、体内がリセットされる感覚だ。朝刊を読んで「いやあ、相変わらず政治家はクズですねえ」とお決まりの言葉を漏らす。もちろん、こんな言葉に特に意味はない。夜は早めに寝て、月曜に備える。

ちなみにこのためにランニングシューズと iPod Shuffle を買った。ランニング用プレイリストを作ったり、通り過ぎるランナーたちのフォームやウェアを観察するのはとてもエキサイティングだ。今は金哲彦さんの『体幹ランニング』という本を読んで体幹を意識しながら走っている。僕は別にこのエントリーを通して、「ランニングは素晴らしい、あなたも是非!」と書くつもりはない。当然、誰しもに向き不向きがある。しかし、このエントリーで「お、ちょっと走ってみるか」と思った人がいたなら、それは嬉しい事だ。

Line6 から POD HD が正式リリース、しかし… このエントリーのはてなブックマーク数

Category : Guitar・POD XT LIVE | on

ティザーサイトがオープンしたことで話題を呼んでいた Line6 社の「POD HD」シリーズが正式にリリースされました。アンプモデル数がなんと 16 種類にまで減ったことがかなり印象的ですね。その全てが “HD Modeling” に対応しているようですが、これは正直かなり人を選ぶと思いますね。アンプモデルは以下となりました。

file_r10206.jpeg

“REVOLUTIONARY HD MODELING” POD HD - Line6
  • Bogner® Uberschall
  • Divided by 13 JRT 9/15
  • Dr. Z® Route 66
  • ENGL® Fireball 100
  • Fender® Bassman®
  • Fender® Blackface Deluxe Reverb®
  • Fender® Twin Reverb®
  • Gibson® EH-185
  • Hiwatt® Custom 100 (DR103)
  • Marshall® JCM-800 (2204)
  • Marshall® JTM-45 MkII
  • Mesa/Boogie® Dual Rectifier®
  • Park 75
  • Supro® S6616
  • Vox® AC-15
  • Vox® AC-30 (Top Boost)

前作 POD X3 からアンプ数はデフォルトで飽和状態だっただけに、今回はさらに音を良くするか、もしくは数を減らすんじゃないかとは思っていましたが、やはり 「量より質」 を選びましたね。キャビネットという概念もなくなっているようで、追加パックとしてアンプやキャビネットが発売されない限り、これは既存のユーザーを切り捨てる覚悟で攻めて来ましたね。伝統の “豆” もなくなり、フロア型のみ 「300」 「400」 「500」 の 3 種類が発売されます。

公式サイトのデモサウンドも正直かなり微妙で、やはり STOMP の改良などは実機で確かめるしかなさそうです。個人的には 「300」 が 3 万円を切っていたら試しに買うことも考えましたが、ちょっと様子見しておきます。これなら型落ちの X3 のほうが良いかもしれない…ワウの切り替えも変わってないみたいだなあ…(あくまで自分は、の話)。

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